海外医療通信 2019年5月号
東京医科大学病院 渡航者医療センター
・海外感染症流行情報 2019年5月
(1)世界各地で麻疹が流行
日本では今年、麻疹患者が増加しており、5月中旬までに患者数が486人になりました(国立感染症研究所 2019-5-15)。昨年の年間患者数は202人で、最近6年間では最も多い患者数になります。こうした麻疹患者の増加は世界各地でおきています。
アジアではフィリピンで患者が急増しており、今年は4月末までに患者数が3万3000人と昨年の1,5倍になりました(ProMED 2019-5-16)。これ以外にも中国、マレーシアなどで患者数の増加がみられます(WHO Outbreak news 2019-5-7)。
ヨーロッパでは今年の2月までの患者数が3万4000人で、2018年の年間5万人、2017年の年間2万5000人に比べて大幅に増えています(WHO Outbreak news 2019-5-7)。とくにウクライナでは2月末までに患者数が2万5000人にのぼっています。フランスでも今年は600人以上と増加傾向にあります(ヨーロッパCDC 2019-5-10)。
米国でも今年は麻疹患者が増加しており、5月中旬までの患者数が880人になりました(米国CDC 2019-5-12)。これは1994年以来で最大の流行です。患者発生は全米各地でみられていますが、ニューヨーク市では患者数が500人近くにのぼる集団発生がおきています。
日本では現在30歳代~40歳代の世代で麻疹の免疫が低下しているため、この年齢の人が海外に滞在する際には麻疹ワクチンの接種を受けておくことを推奨します。
(2)アジア:シンガポールでサル痘の患者が発生
シンガポールで5月9日にサル痘の患者が確認されました(WHO Outbreak news 2019-5-16)。この患者はナイジェリアからの旅行者で、4月30日から発熱などの症状がおこり、5月7日に同地の病院で診断されています。患者の症状はその後、改善している模様です。接触者の調査も行われていますが、今のところ感染者は見つかっていません。
サル痘は天然痘ウイルスに近縁のウイルスでおこる感染症で、サルに天然痘類似の症状をおこします。ヒトが病気のサルに接触して感染することもあり、2017年からナイジェリアでは300人近い患者が発生しました。ヒトの患者は発熱や発疹などをおこし、致死率は1~10%とされています。ヒトからヒトへの感染は稀ですが、患者の飛沫などで感染することがあります。
(3)アジア:アジアでデング熱患者が増加
今年はアジア各地でデング熱の患者数が増加しています。4月末までにマレーシアの患者数は4万3000人、フィリピンは6万7000人でいずれも昨年の2倍、ベトナムは5万7000人で昨年の3倍になっています(WHO西太平洋 2019-5-9)。台湾では台南市を中心に5月上旬までに約2000人の患者が確認されました(ProMED 2019-5-12)。南アジアのスリランカでもコロンボを中心に1万5000人の患者が発生しています(ProMED 2019-5-12)。アジア各地は6月以降に雨季を迎えるため、デング熱の患者数はさらに増加することが予想されます。旅行や仕事で滞在する際には、蚊に刺されない注意を心がけてください。
(4)中東:サウジアラビアでMERSの集団感染発生
サウジアラビア南部のワディ・アド・ダワシル(Wadi Aldwasir)市で、今年1月、現地の病院を中心に中東呼吸器症候群(MERS)の集団感染がおきました(WHO Outbreak news 2019-4-24)。3月末までに患者数は61人(うち8人死亡)にのぼり、このうち37人が病院内で感染した模様です。4月に入り、同市での患者発生はなくなりましたが、サウジアラビア全土では4月に29人の患者が確認されています(WHO Outbreak news 2019-5-22)。2012年に中東でMERSの流行がおきてから、全世界で2428人の患者が確認されていますが、このうち2037人がサウジアラビアで発生した患者です。
(5)アフリカ: コンゴ民主共和国でのエボラ流行状況
コンゴ民主共和国の北東部で発生しているエボラ熱の患者数は、5月に入り増加傾向にあります(WHO Outbreak news 2019-5-16)。最近1か月で患者数は400人以上増加し、5月中旬までの累積患者数は1739人になりました。このうち1147人が死亡しています(致死率66%)。今回の流行は治安状態が悪い地域でおきており、国際機関や現地政府による対策が実施されにくい状況にあります。また、この地域はウガンダやルワンダと国境を接しており、周辺国への流行波及にも注意を要します。
・日本国内での輸入感染症の発生状況(2019年4月8日~2019年5月5日)
最近約1ヶ月間の輸入感染症の発生状況について、国立感染症研究所の感染症発生動向調査を参考に作成しました。出典:https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr-dl/2018.html
(1)経口感染症:輸入例としてはコレラ1例、細菌性赤痢2例、腸管出血性大腸感染症4例、腸チフス・パラチフス8例、アメーバ赤痢2例、A型肝炎1例、E型肝炎2例が報告されています。腸チフス・パラチフスは6例が南アジア(インド、パキスタンなど)での感染でした。
エキノコッカス症(単包虫症)の輸入例が1例発生しました。この病気は肝臓などに巨大な腫瘤をつくる病気で、イヌ科の感染動物(イヌ、キツネなど)が便に排泄する虫卵を経口的に摂取して感染します。今回の症例はネパールで感染したと報告されていますが、流行地域ではイヌなどの便で汚染された水などを飲用しないようにしましょう。
(2)昆虫が媒介する感染症:デング熱は19例で、感染国はタイ(5例)、インドネシア(2例)が多くなっています。今年のデング熱累積患者数は99例で、昨年同期(34例)に比べて大幅に増えています。マラリアは1例で、アフリカ(コンゴ民主共和国)での感染でした。
(3)その他:麻疹が11例で感染国はフィリピン(3例)、ベトナム(3例)が多くなっています。風疹は3例で、全例が中国での感染でした。
・今月の海外医療トピックス
米国CDCのTravelers’ Health
米国CDCのホームページ「Trabelers’ Health」では、世界の感染症流行状況から、渡航者向けの感染症情報を発信しています。情報は最も危険なレベル3(警告Warning:不要な渡航は避けるように)から、レベル2(警戒Alert:予防強化)、レベル1(要観察Watch:通常の注意)に分類されます。最近では、モザンビークの「サイクロンIdaiの被害」がレベル3に、コンゴ民主共和国の「エボラ出血熱流行」がレベル2に加わりました。継続して注意すべきものは消えずに残ります。このサイトのレベル2とレベル1に日本が登場しています。レベル2は風疹、レベル1は麻疹です。
東京オリンピック・パラリンピックを控え、日本では外国人旅行者を受け入れる体制の整備が進められています。トラベルクリニックでは渡航前の受診者に対し、麻疹や風疹ワクチンの接種をしていますが、米国CDCのサイトを通して海外から日本をみると、国内に住む人々にも麻疹や風疹ワクチンの接種を推進する必要性を強く感じます。(医師 栗田直) 参考CDC: https://wwwnc.cdc.gov/travel/notices
・渡航者医療センターからのお知らせ
(1)7月から新病院での診療開始
東京医科大学病院は7月から隣接する新病院での診療が始まります。渡航者医療センターは新病院の8階に設置され、診療スペースは現在より広くなります。9月には新しい渡航者医療センターのご案内を含めた実用セミナーの開催を予定しております。詳細は本メールマガジンでお知らせします。