海外医療通信 2020年7月号
海外医療通信 2020年7月号
東京医科大学病院 渡航者医療センター
海外感染症流行情報 2020年7月
(1)全世界:新型コロナウイルスの流行状況
新型コロナウイルスの感染者数は7月下旬までに約1600万人、死亡者数は約65万人にのぼっています(米国ジョンホプキンス大学 2020-7-26)。感染者数は1か月前(910万人)に比べて倍近くに増えており、世界的な流行はさらに拡大しています。最近は米国、ブラジル、インドで感染者数が多く、それぞれの国で毎日4万人前後が発生し、約1000人前後の死亡者がみられます。また、冬を迎えた南半球の南米諸国(ペルーやチリなど)、南アフリカでも流行が拡大しており、オーストラリアでもメルボルンなどで流行の再燃がおきています。なお、南半球でのインフルエンザ流行は7月中旬の時点でまだ発生していません(WHO influenza 2020-7-20)。
日本の外務省は海外感染症危険情報を7月21日に発出し、17か国をレベル3(渡航中止勧告)に引き上げました(外務省安全センターホームページ 2020-7-21)。この結果、渡航中止勧告が発出されている国は140か国以上にのぼっています。一方、日本政府は、感染状況が落ち着いている国との間で、ビジネス渡航を再開するビジネストラック事業を開始しています。https://www.mhlw.go.jp/content/000648089.pdf
この事業は出国前に自国で新型コロナウイルスのPCR検査を受け、陰性証明書を持参した者を渡航させる方法です。ベトナム、タイとの間では交渉が既に成立していおり、今後、東アジアや東南アジア諸国と外交折衝を進める予定です。
(2)全世界:動物由来のインフルエンザウイルス患者の発生
動物由来のインフルエンザウイルスは、ヒトに感染すると新型インフルエンザとして流行する可能性があります。WHOの報告では、今年5月以降、中国で鳥インフルエンザウイルスH9N2の患者が2名(いずれも小児)、ドイツでブタインフルエンザウイルスH1N1の患者が1名(小児)発生し、いずれも回復しました(WHO outbreak news 2020-7-10) 。ブラジルでは今年4月に22歳女性がブタインフルエンザウイルスH1N2に感染し、オセルタミビルの投与で回復しました(WHO outbreak news 2020-7-9)。WHOは、これらのウイルスが新型インフルエンザとして流行する可能性は低いとコメントしています。
(3)アジア:シンガポールでデング熱患者数が増加
今年はシンガポールでデング熱患者数が増加しており、7月中旬までに累積患者数が1万5000人を越えました(WHO西太平洋 2020-7-16)。これは最近10年間で最も多い数になります。死亡者も20人近く発生しています。シンガポールはこれからデング熱患者数が増える季節となるため、滞在中は蚊に刺されない十分な注意が必要です。なお、シンガポール以外の東南アジア諸国では例年よりもデング熱患者数が少なくなっています。
(4)アジア:台湾の台北周辺で日本脳炎が流行
台湾の台北周辺で日本脳炎の患者が今年は16人発生しています(Outbreak News Today 2020-7-21)。台湾は日本脳炎の流行地域であるため、同国に長期滞在する際は日本脳炎ワクチンの接種を受けておくことを推奨します。
(5)ヨーロッパ:スイスでダニ媒介脳炎患者が増加
スイスでダニ媒介脳炎の患者が今年は215人確認されています(ProMED 2020-7-13)。これは昨年同期の倍以上の数になります。同国ではダニ媒介脳炎が風土病として流行しており、小児などにワクチン接種が行われていますが、今年は新型コロナ流行の影響でワクチン接種率が低下している模様です。
(6)アフリカ:コンゴでエボラ熱とペストの流行
コンゴ民主共和国北西部にある赤道州で5月下旬からエボラ熱の流行が発生しています。7月中旬までに患者数は65人以上にのぼり、うち29人が死亡しました(WHO アフリカ地域事務所2020-7-24)。一方、WHOは、同国の北東部で2018年から発生していたエボラ熱の流行が終息したことを発表しました(WHO statement 2020-6-28)。この流行で3400人以上の患者が発生し、約2200人が死亡しています。なお、同国北東部では6月中旬からペストの流行が発生しており、7月中旬までに45人の患者(9人死亡)が確認されました(WHO outbreak news 2020-7-23)。このうち9人は感染力の強い肺ペストを発症していた模様です。
・日本国内での輸入感染症の発生状況(2020年6月8日~2020年7月5日)
最近1ヶ月間の輸入感染症の発生状況について、国立感染症研究所の感染症発生動向調査を参考に作成しました。新型コロナウイルス流行にともなう渡航制限および入国制限により、この期間中の輸入感染の症例数は大幅に減少しています。出典:https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr-dl/2020.html
(1)経口感染症:輸入例としては腸チフス1例(パキスタンで感染)、アメーバ赤痢1例(インドで感染)、E型肝炎1例(中国で感染)のみでした。
(2)昆虫が媒介する感染症:デング熱が1例(スリランカで感染)のみ報告されています。
(3)新型コロナウイルス感染症:この期間中に70例の輸入例が報告されており、前月(42例)に比べて増加しました。感染国はパキスタンが37例、フィリピンが11例と多くなっています。
(4)その他:麻疹、風疹の輸入症例はこの期間中に報告されませんでした。
・今月の海外医療トピックス
ワクチンのキャッチアップ
政府による渡航緩和の兆しが見え始めていることから、当センターでは、「準備が整い次第渡航したい」という企業の方、留学予定の受診者が少しずつ増えてきています。受診者の方から「コロナのワクチンはいつできますか?誰から打つのですか?」と、最近よく質問されますが、「残念ながら分らないです」と正直にお答えしています。
さて、渡航外来の大切な診療の一つに、ワクチンのキャッチアップがあります。渡航に関わらず、日本で生活する場合に推奨されるワクチン接種が抜け落ちていないかを確認し、抜けていれば接種するものです。こうした大切なワクチンで未接種者が多いのが麻疹と風疹です。医療先進国と言われている日本においても、とくに成人の麻疹や風疹の接種率が低いという問題があります。予防する方法があるにも関わらず、予防できていないのです。コロナのワクチン開発について皆さんが考えるこの機会に、麻疹ワクチンや風疹ワクチンの接種歴もどうか改めてご確認ください。(医師 栗田直)
・渡航者医療センターからのお知らせ
(1) ビジネス渡航にともなう新型コロナウイルスPCR検査の実施
渡航者医療センターではビジネス渡航にともなう新型コロナウイルスのPCR検査と診断書の発行を行なっています。詳細は下記をご覧ください。
https://hospinfo.tokyo-med.ac.jp/news/shinryo/20200616.html
(2)「海外在留邦人向け新型コロナウイルス感染症よろず相談窓口」のお知らせ
渡航者医療センターでは海外在留邦人向けに「新型コロナウイルス感染症よろず相談窓口」を開設しています。海外在留邦人の方ならどなたでも、電子メールによる無料相談が受けられます。詳細は下記をご参照ください。