海外医療通信 2019年6月号

東京医科大学病院 渡航者医療センター

・海外感染症流行情報 2019年6月

(1)全世界のポリオ流行状況

2014年、WHOはポリオの流行が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であるとの宣言を出しています。2019年5月に行われたWHOの会議でも、この状態が継続していることが確認されました(WHO statement 2019-5-29)。とくにパキスタンでは今年になり患者数が増加しており、6月中旬までに24人の患者が確認されています(Polio Global Eradication Initiative 2019-6-19)。隣国のイランでも、パキスタン国境近くの環境からポリオウイルスが分離されました(WHO Outbreak news 2019-5-21)。また、アフリカ中部のナイジェリア、コンゴ民主共和国などでもポリオ患者の発生が報告されています。こうした患者発生のみられる国に滞在する際には、ポリオワクチンの追加接種を受けておくことを推奨します。

(2)アジア:ネパールで鳥インフルエンザ(H5N1型)の患者が発生

ネパールのカトマンズで19歳男性が鳥インフルエンザ(H5N1型)を発症したことが明らかになりました(WHO avian influenza 2019-5-10)。同国では2月から家禽類の間で鳥インフルエンザが流行しており、この患者も生きた家禽を販売している市場に立ち入り、感染した模様です。H5N1型の鳥インフルエンザ患者は2015年頃までアジアやエジプトなどで多発していましたが、最近は発生が少なくなっていました。今回の事例はネパールで初めての患者になります。

(3)アジア:東南アジアでデング熱患者が増加

今年はアジア各地でデング熱の患者数が増加しています。マレーシアで5万2000人、フィリピンで7万7000人、ベトナムで5万9000人、タイで2万8000人と、昨年の2~3倍の患者数になっています(WHO西太平洋 2019-6-6, Outbreak news today 2019-6-15)。シンガポールでも5,000人以上の患者が発生し、5人が死亡した模様です(Outbreak news today 2019-6-20)。東南アジア各地はこれから本格的な雨季を迎えるため、滞在中は蚊に刺されない注意を心がけてください。

(4)アフリカ:コンゴ民主共和国とウガンダでのエボラ熱流行状況

コンゴ民主共和国の北東部では6月も毎週80人前後のエボラ熱の患者が発生しています(WHO Outbreak news 2019-6-20)。6月10日には隣国のウガンダから流行地域に入国した5歳男児が、帰国後にエボラ熱で死亡しました(WHO Outbreak news 2019-6-12)。同行した家族2人も発病し、このうち1人が死亡しています。その後、ウガンダ国内では接触者の監視が行われていますが、今のところ新たな患者の発生はみられていません(WHO Outbreak news 2019-6-20)。こうした流行の拡大を受けて、WHOは6月14日に緊急会議を開催しましたが、今回のエボラ熱の流行は「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」にはあたらないとの結論でした。

(5)北米:米国での麻疹の流行

米国で発生している麻疹の流行は6月も続いています。最近1ヶ月で患者数は約200人増加し、6月中旬までに1044人になりました(米国CDC 2019-6-17)。患者の発生はニューヨーク市で多く、ユダヤ人コミニュティーを中心に600人近くの集団感染がおきています。日本では30歳代~40歳代の世代で麻疹の免疫が低下しているため、この年齢の人がニューヨーク市に滞在する際には麻疹ワクチンの接種を受けておくことを推奨します。

(6)南米:ペルーでギランバレー症候群の患者が増加

ペルーの首都リマなどでギランバレー症候群の患者が増加しています。今年は6月中旬までに昨年の倍以上の548人の患者が確認されました(ヨーロッパCDC 2019-6-20)。とくに6月になり患者数が増加しています。ギランバレー症候群は神経疾患で、感染症を契機に発症することがあります。とくに、蚊に媒介されるジカウイルスや食中毒を起こすカンピロバクターは、その原因として多いものです。ペルーに滞在中は蚊に刺されない注意とともに、飲食物への注意も心がけましょう。

・日本国内での輸入感染症の発生状況(2019年5月6日~2019年6月9日)

最近約1ヶ月間の輸入感染症の発生状況について、国立感染症研究所の感染症発生動向調査を参考に作成しました。出典:https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr-dl/2018.html

(1)経口感染症:輸入例としてはコレラ1例、細菌性赤痢5例、腸管出血性大腸感染症9例、腸チフス・パラチフス2例、アメーバ赤痢4例、ジアルジア1例、A型肝炎3例、E型肝炎3例が報告されています。腸管出血性大腸感染症の3例は韓国での感染でした。

(2)昆虫が媒介する感染症:デング熱は24例で、東南アジアでの感染が17例(インドネシア8例、タイ3例)と最も多く、南太平洋3例、南米2例と続きました。今年のデング熱累積患者数は133例で、昨年同期(56例)に比べて倍以上に増えています。マラリアは3例で、アフリカ(中央アフリカ、カメルーン)での感染が2例、インドが1例でした。チクングニア熱が1例(モルジブでの感染)、ツツガムシ病が1例(ラオスでの感染)報告されています。

(3)その他:麻疹が14例で、感染国はタイが5例と多くなっています。また、ヨーロッパでの感染も2例確認されました。風疹は11例で、前月(3例)より増加しています。感染国はフィリピン(3例)、中国(2例)が多くみられました。

・今月の海外医療トピックス

旅という治療法

19世紀に世界中を旅した英国人女性旅行家、イザベラ・バードにまつわる本を購入しました。イザベラが初めて海外旅行に出発したのは22歳の頃です。彼女は18歳で脊椎周辺に腫瘍ができ、その摘除術を受けました。そんな大変な病に侵された彼女が遠い異国への旅に出たのは、医師の勧めによるものです。当時、医師は治療として患者に旅を勧めていました。これを読みながら私は、以前拝聴した千葉大学名誉教授・高林克日巳先生のご講演を思い出しました。高林先生はリウマチの専門家ですが、ご自身の患者さん達を連れてヨーロッパを何回も旅行されています。私はそのご講演で拝見した写真の患者さん達の笑顔を思い出しました。その笑顔は晴れた空のようでした。長年、患者さんとお付き合いをされている先生だからできる、とっておきの治療法だと感じました。医学の進歩で数々の先端治療が開発された現代でも、あの笑顔を引き出せる「旅という治療法」の威力はきっとあると思います。 (医師 栗田直)

追記:高林先生は7月14日に開催される第23回日本渡航医学会学術集会のシンポジウム「医療ケアが必要な人の海外旅行」でご講演されます。http://www.pco-prime.com/23jsth/program.html

・渡航者医療センターからのお知らせ

1)第23回渡航医学実用セミナー(当センター主催)

東京医科大学病院は7月から隣接する新病院での診療を開始します。渡航者医療センターは新病院の8階に設置され、診療スペースは現在より広くなります。この新しいセンターのご案内を含めた実用セミナーを下記の日程で開催します。プログラムなどの詳細は当センターのホームページ(http://hospinfo.tokyo-med.ac.jp/shinryo/tokou/seminar.html)で後日お知らせします。

・日時:2019年9月19日(木) 午後2時~ 4時半(予定)

・会場:東京医科大学病院9階 新臨床講堂

2)第4回人事・労務担当者のための海外勤務者メンタルヘルス対応ワークショップ(海外勤務者メンタルヘルスネットワーク主催)

海外勤務者メンタルヘルスネットワークは渡航者医療センター兼任講師の松永が代表を務める団体です。今回は人事労務担当者の皆様を対象に、臨床心理士と精神保健福祉士が海外駐在員と家族のメンタル支援についてご紹介します。

・日時:2019年7月13日(土) 午後2時半~5時

・会場:東京海上日動メディカルサービス会議室(東京・赤坂)

・お問い合せ・お申し込み先: kmhnetwork@gmail.com(事務局:村上、張)