海外医療通信 2018年7月号
東京医科大学病院 渡航者医療センター
・海外感染症流行情報2018年7月
1)パキスタンで多剤耐性aの腸チフス菌が拡大
パキスタンで複数の抗菌剤に耐性を持つ腸チフス菌が拡大しています(米国CDC 2018-6-29)。この多剤耐性の腸チフス菌は2016年頃から出現しており、パキスタン国内では2000例以上の患者が確認されています(ProMED 2018-7-20)。英国や米国でも、パキスタン滞在中にこの腸チフス菌に感染した事例が報告されています。パキスタンなど南アジア諸国では腸チフスの感染リスクが高く、米国CDCは同地域に滞在する渡航者に腸チフスワクチンの接種を推奨しています。
2)東南アジアでのデング熱流行状況
東南アジアの国々は本格的な雨季を迎え、デング熱の流行期に入っています。患者数はカンボジア、ラオス、マレーシア、ベトナムなどで増加していますが、いずれの国も昨年より少ない数です(WHO西太平洋 2018-7-19)。また、シンガポールでは今年の患者数が1400人で、昨年同様に少なくなっています。
3) 東アフリカでリフトバレー熱の流行が発生
ケニア北東部のWajirやMarsabitで6月頃からリフトバレー熱の流行が発生しています(米国CDC 2018-7-14)。患者数は100人以上にのぼり、うち10人が死亡しました(ProMED 2018-7-14)。隣国のウガンダでも患者発生が報告されています(WHO Africa 2018-7-6)。リフトバレー熱は蚊(昼間吸血)に媒介されるウイルス疾患で発熱や頭痛などをおこします。牛や羊などの家畜が感染していることが多く、予防には蚊に刺されない対策をとるとともに、病気の家畜に接触しないことが大切です。
4)スイスでダニ媒介脳炎の患者が増加
スイスでは2018年前半にダニ媒介脳炎の患者が150人発生しました(FitForTravel 2018-7-18)。6月は患者数が73人で、とくに多くなっています。ダニ媒介脳炎はロシア、東欧、中欧などで流行しており、スイスも流行地域の一つです。スイスを観光などで訪問する際には、野山でダニに刺されないように注意してください。長期滞在する際にはワクチンの接種を受けておくことを推奨します。
5)南米ベネズエラで麻疹、ジフテリアの流行が拡大
ベネズエラは近年、石油生産量の低下などで経済危機に陥っており、国内の感染症対策が大きく停滞しています。この影響で麻疹、ジフテリア、マラリアの患者数が急増しています(外務省安全センター情報 2018-7-5)。とくに麻疹は2018年になり2000人以上の患者が発生しており、隣国のブラジル北部にも流行が波及している模様です(ProMED 2018-7-20)。ベネズエラには日本人観光客に人気のギアナ高地がありますが、同国に滞在する際にはこれら感染症への予防対策が必要です。
6)南半球でのインフルエンザ流行状況
南半球は冬期に入っており、南アフリカや南米でインフルエンザの流行がはじまっています(WHO 2018-7-9)。ウイルスの種類はA(H1N1)が多く検出されています。オーストラリアやニュージーランドでは患者数の増加がみられていません。
・日本国内での輸入感染症の発生状況(2018年6月17日~2018年7月8日)
最近1ヶ月間の輸入感染症の発生状況について、国立感染症研究所の感染症発生動向調査を参考に作成しました。
出典:https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr-dl/2018.html
なお、国立感染症研究所ホームページでは輸入感染症の動向に関する新たなページを作成しています。こちらもご参照ください。https://www.niid.go.jp/niid/ja/id/1709-source/transport/idsc/8045-imported-cases.html
1)経口感染症:
輸入例としては細菌性赤痢3例、腸管出血性大腸菌感染症3例、腸チフス・パラチフス1例、アメーバ赤痢3例、A型肝炎4例、E型肝炎1例、ジアルジア症1例が報告されています。全体的に前月に比べて患者数は少なくなっています。
2)蚊が媒介する感染症:
デング熱は9例で、タイ(3例)、フィリピン、ベトナム(各2例)での感染例が多くなっています。今年のデング熱の累積患者数は65例で、昨年同期の94例、一昨年の163例に比べて大幅に減りました。マラリアは4例で、感染国は全例がアフリカでした。
3)その他:麻疹が3例(中国/マレーシア、フィリピン、タイ)、風疹が2例(インドネシア、韓国)報告されています。百日咳が1例報告されており、インドでの感染でした。米国でコクシディオイデス症という真菌による肺炎にかかった事例が1例報告されています。
・今月の海外医療トピックス
高所旅行者の高山病予防にダイアモックスは有効か?
海外には富士山頂上と同じくらい高い標高の観光地があります。たとえばインカ観光の拠点となるペルーのクスコは標高3400m。ボリビアで天空の湖として知られるウユニ湖は標高3700m。こうした高所の観光地を訪れて高山病になる旅行者も数多くいます。登山者であれば体をゆっくり順応させながら高所に到達しますが、旅行者は飛行機などで短時間のうちに到達するためです。そこで、高山病予防としてアセタゾラミド(ダイアモックス®)の服用を希望する旅行者が、当センターにも沢山来られます。
実はこの薬剤、登山者の高山病予防には有効性が証明がされていますが、高所観光地を訪れる旅行者には、有効性がまだ証明されていません。そこで当センターでは、栗田医師らが中心となり、高所観光地への旅行者を対象にアセタゾラミドの予防効果を明らかにする調査を行っています。7月22日に愛媛県・松山で開催された第22回日本渡航医学会でその途中経過を発表しましたが、残念ながら高所旅行者への高山病予防効果は確認できませんでした。対象数を増やして調査を継続する必要がありますが、高所旅行者も薬剤の服用だけに頼らず、体をゆっくり順応させるといった予防方法を併用するのが大切なようです。
・渡航者医療センターからのお知らせ
(1)ジャムズネット東京講演会(ジャムズネット東京主催)
ジャムズネット東京の第7回講演会が下記の日程で開催されます。今回は「医療アクセスの壁を越え、国の境界を越える未来の医療」をテーマに、身体的にハンディーキャップのある人の海外渡航などに関する講演を行います。
・日時:2017年7月29日(日)午後2時~午後4時半 ・会場:東京大学先端技術科学センター
・プログラムなどはジャムズネット東京のホームページをご覧ください。http://jamsnettokyo.org/
(2)トラベラーズワクチンフォーラム研修会(バイオメデイカルサイエンス研究会主催)
今回の研修会は下記の日程で開催されます。「大規模集会における感染症対策」「狂犬病ワクチン」「留学生へのワクチン接種」に関する講演があります。
・日時:2018年9月15日(土)午後1時半~午後5時半 ・会場:国立国際医療研究センター
・プログラムなどはバイオメデイカルサイエンス研究会のホームページをご覧ください。https://www.npo-bmsa.org/研修会-セミナー情報/